Tag: イエスについての聖書研究

イエスとは誰か?イエスを知ることは永遠の命であり、救いである

イエス・キリストを知るとは、聖書が啓示するとおりに彼を知ることである。すなわち、私たちと共におられる神、神と共にあり、神であられる永遠の言、主であり救い主、父に至る唯一の道、そして永遠の命と救いがその方を通して与えられるお方である。 イエスご自身がこう言われた。 “永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。” — ヨハネによる福音書 17:3 またイエスはこうも言われた。 “イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。” — ヨハネによる福音書 14:6 イエスは数ある道の一つではない。彼は父に至る唯一の道である。救いはただ彼のうちにのみ見いだされる。 聖書はこう言っている。 “すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。” — ローマ 10:9 人がイエスを告白しようと拒もうと、イエスは主であられる。福音は私たちに、真理を告白し、神が彼を死人の中からよみがえらせたことを信じ、彼を受け入れるよう招いている。 イエスは神であり、神の言である 聖書はイエスが誰であるかを明らかにしている。ヨハネはこう書いている。 “初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。” — ヨハネによる福音書 1:1 また、こうも書いている。 “そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。” — ヨハネによる福音書 1:14 イエスは人となられた永遠の言である。彼は天から下られ、人としての性質をお取りになり、私たちの間に住まわれ、苦しみを受けられ、私たちの罪のために死なれ、そしてよみがえられた。 トマスはよみがえられたイエスをこう告白した。 “トマスはイエスに答えて言った、「わが主よ、わが神よ」。” — ヨハネによる福音書 20:28 パウロもまたこう書いている。 “キリストにこそ、満ちみちているいっさいの神の徳が、かたちをとって宿っており、” — コロサイ 2:9 ヨハネの黙示録はこう言っている。 “彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。” — 黙示録 19:13 それゆえ、私たちは自分勝手なイエス像を作り出すのではなく、聖書が啓示するイエスを受け入れる。 イエスは父を現される イエスを通して、信じる者は父のもとに導かれる。イエスはこう言われた。 “イエスは彼に言われた、「ピリポよ、こんなに長くあなたがたと一緒にいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。” — ヨハネによる福音書 14:9 また、こうも言われた。 “しかし、もし行っているなら、たといわたしを信じなくても、わたしのわざを信じるがよい。そうすれば、父がわたしにおり、また、わたしが父におることを知って悟るであろう」。” — […]